金沢
2012.06.11
えがわ歯科医院
日曜日、私は友人の墓参りに行って参りました。
彼とは大学時代にボート部の同級生で、まさに合宿生活で寝食を共にした仲間です。
とにかく明るい性格で、いつも冗談を言ってるようなやつでした。
当時の私は、試合で勝つことが全て
それ以外の感情は合宿所の中には必要ないと考えるような人間でした。
とくに、100人を超える部員の主将に選ばれた時は、そのプレッシャーと使命感で、後輩、同級生にもかなりつらく当たることもしばしばでした。そしてみんな私に距離を置いていることを感じつつも強くなることだけをひたすら考えているような人間だったと思います。
そんな中、彼は私に対して躊躇することもなく、みんなが言えなかったような厳しい言葉を冗談交じりに指摘してくれたり、私が爆発して重くなった雰囲気を明るくしてくれたりと私の中では大切な存在でした。
そして、卒後彼は青年海外協力隊に身を置き、ケニア、セネガルなどで人道支援を繰り返し日本に帰国後結婚。
子供も生まれ、さあこれからという時に発症した脳腫瘍・・・
壮絶だろう闘病生活の末、33才にして逝ってしまいました。
のちに聞いた最後の言葉「今まで生きてて幸せでした」
そしてその言葉は私に死について、そして幸せについて真面目に考える機会を与えてくれました。後悔しないような生き方をしたい。常にそんなことを考えるようになりました。
それから6年が経ち、みんなで集まることになりました。
みんなそれなりに年をとってはいますが、元気そうで何より
美味しい地酒
美味しい郷土料理
ほぼオールナイトで盛り上がりましたよ
そして次の日は奥様に案内していただいて墓参りに行ってきました。
前田利家の墓と同じ高台にある墓地で、大変いい場所でしたよ。
みんなで線香をあげて、彼に挨拶をして帰りました。
最後に日本三名園の一つ兼六園
加賀100万石前田家の金沢城のお庭で、とにかく広い
あまりにも広すぎて・・・途中でお腹すいて全部回らずに帰っちゃいました
ただものすごくしっかりと綿密に計算されたお庭で、日本初の動力を使わない人工の噴水があったり、春夏秋冬の四季の見どころをしっかり作っていたりします。今度来るときはもう少し時間とお腹に余裕をもって来てみたいと思います
しっかり元マネージャーのUちゃんが写ってます
彼とは大学時代にボート部の同級生で、まさに合宿生活で寝食を共にした仲間です。
とにかく明るい性格で、いつも冗談を言ってるようなやつでした。
当時の私は、試合で勝つことが全て
それ以外の感情は合宿所の中には必要ないと考えるような人間でした。
とくに、100人を超える部員の主将に選ばれた時は、そのプレッシャーと使命感で、後輩、同級生にもかなりつらく当たることもしばしばでした。そしてみんな私に距離を置いていることを感じつつも強くなることだけをひたすら考えているような人間だったと思います。
そんな中、彼は私に対して躊躇することもなく、みんなが言えなかったような厳しい言葉を冗談交じりに指摘してくれたり、私が爆発して重くなった雰囲気を明るくしてくれたりと私の中では大切な存在でした。
そして、卒後彼は青年海外協力隊に身を置き、ケニア、セネガルなどで人道支援を繰り返し日本に帰国後結婚。
子供も生まれ、さあこれからという時に発症した脳腫瘍・・・
壮絶だろう闘病生活の末、33才にして逝ってしまいました。
のちに聞いた最後の言葉「今まで生きてて幸せでした」
そしてその言葉は私に死について、そして幸せについて真面目に考える機会を与えてくれました。後悔しないような生き方をしたい。常にそんなことを考えるようになりました。
それから6年が経ち、みんなで集まることになりました。
みんなそれなりに年をとってはいますが、元気そうで何より
美味しい地酒
美味しい郷土料理
ほぼオールナイトで盛り上がりましたよ
そして次の日は奥様に案内していただいて墓参りに行ってきました。
前田利家の墓と同じ高台にある墓地で、大変いい場所でしたよ。
みんなで線香をあげて、彼に挨拶をして帰りました。
最後に日本三名園の一つ兼六園
加賀100万石前田家の金沢城のお庭で、とにかく広い
あまりにも広すぎて・・・途中でお腹すいて全部回らずに帰っちゃいました
ただものすごくしっかりと綿密に計算されたお庭で、日本初の動力を使わない人工の噴水があったり、春夏秋冬の四季の見どころをしっかり作っていたりします。今度来るときはもう少し時間とお腹に余裕をもって来てみたいと思います
しっかり元マネージャーのUちゃんが写ってます